【日記】ろうそくとシーチキン

産物・廃棄物

ベランダの窓を開け放つと、なにやら端っこに薄汚れた黄色いビニール袋が見えます。

爪先でつまむようにして開いてみると、中には小汚い透明な瓶がひとつ。
凝固した油がぎっしりと詰まっていて、そこからひょろりと糸が伸びています。

あ、これ。
前に手作りしたろうそくだわ。

以前、大きな地震があった際に、数日に渡って停電をしたことがありました。
常備の電灯なんてものもなく、携帯は早々にブラックアウト。
なにか明かりになるものはないかしらんと試行錯誤した結果の一つが、この手作りろうそくでした。

とはいえ、ろうそくのきちんとした作り方などいちいち覚えているわけもありません。
常日頃、くだらない疑問にも逐一答えてくれていた文明の利器は早々に休眠中。
しかし、そこでふと灰色の脳が目覚めました。

油固め剤を使えばいいのでは……?

思い立ったらすぐにやってみないと気がすまない子が私です。
さっそく揚げ油の残り油を温めて、固める薬を投入します。ずざーっ。
芯材はティシュをこよって、その油に浸して、割り箸で挟んで瓶の口から垂らして。
あとは固まる前に瓶に油を注いで、待つこと半日。

あら不思議、ろうそくの出来上がりです。

ネットの死んだ環境でこの機転すげー、オレ頭いー的な自画自賛の産物でした。
その渾身の手作りろうそくが、なぜここに打ち捨てられているのか?

答えは簡単。
臭かったから。

廃油の臭いが気になるかも知れないと、適当に香水などをふりかけたのが最大の敗因でした。
製作中からささみのフライの残り香とラベンダーやら何やらの香りが混ざり合い、部屋中が得も言われぬ芳香に包まれました。
結局、一度も日の目を見ることなく、廃棄。

なんてオレ頭ワルいんだ的な悲しみの廃棄物でした。
次の燃えないゴミの日に忘れず捨てよう。

シーチキンのちから

ちなみに、停電の最中にもっとも活躍した光源はなんと、シーチキンの缶詰でした。

缶の蓋を少し開けて、こよったティッシュを差し込んで、先を少しだけ出しておきます。
油がしみてきたところで、先端に火を点けます。
すると、即席の火皿の完成です。
当然ながら缶は熱々になるので、直置きせず小皿の上などに置くと良いでしょう。

これが意外と明るいんです。
こよりの太さや長さを調整すれば2〜3時間は保ちます。
なんせ江戸時代まではこれが現役の照明器具でしたからね!
もちろんシーチキンは入っていなかったと思いますが。

ちなみに余談ですが、江戸時代の油は鰯のものが主流だったようです。
火をつけると生臭く、だからこそ化け猫がペロペロと油を舐めていたわけです。

その点、シーチキン火皿は優秀でした。
薄暗くなった頃に灯しておけば、なんともお腹の減るいい香りが漂います。
晩御飯の最後にはほどよく油の抜けた熱々のシーチキンが食べられるという寸法。
あらシーチキン超優秀。
やっぱり猫たちは寄ってきましたが。
ヒゲ燃えるぞ。

なお、空いた缶に他の食用油を足せばそのまま使い続けることも可能です。
夜、寝るまでの間の大事な光源として重宝しました。

電気のない生活は、火のありがたみを再認識するとともに、その怖さも感じました。
すぐ手の届く範囲で火が揺らめいているのはとても不安です。
そりゃ火事となんとかは江戸の華にもなるわけです。

それに明るいとはいえ、やはり本を読むにはツラいのです。
結局、夜、用事を済ます間だけ、常に目の届く範囲に置いておくことにしました。
食事と風呂という名の行水が終わると、すぐに消して就寝。

電気の無い夜は、とても暗く、そして長かったです。